古代ギリシアのワイン

古代ギリシア人は、どのようなワインを飲んでいたのでしょうか。

ワインは現代と同じくブドウから造られていましたが、使用されるブドウ品種や醸造方法、貯蔵法、飲み方には多くの違いがありました。そのため、現在の赤ワインをそのまま飲んでも、古代の味わいをそのまま再現することはできません。

このページでは、文献や考古学の研究成果をもとに、古代ギリシアのワインの特徴や飲酒文化について紹介します。

次のページでは、これらの資料を参考にしながら、古代ワインの再現にも挑戦します。


ブドウ品種

現代のワイン用ブドウ(ピノ・グリージョ、横浜ヴィンヤードにて。筆者撮影)

現在世界中で栽培されている多くのワイン用品種は、長い年月をかけて改良されてきたものです。

古代のブドウがどのように栽培されていたのかを知るうえで、貴重な手がかりとなるのが古代エジプトの墓に残された壁画です。テーベ(現在のルクソール)にある第18王朝の書記ナクトの墓(TT52、紀元前15世紀頃)には、ブドウ棚から房を収穫する人々や、収穫したブドウからワインを造る様子が描かれています。

ブドウの収穫とワイン造りを描いたナクトの墓(TT52)の壁画(エジプト新王国時代、第18王朝、紀元前15世紀頃。ルクソール西岸。筆者撮影

これは古代ギリシアそのものの図像ではありませんが、古代東地中海世界におけるブドウ栽培とワイン生産の姿を視覚的に伝える、非常に貴重な同時代に近い資料です。ギリシアでもブドウは重要な農作物であり、古代の文献には現在では失われた数多くの品種が記録されています。

古代ギリシアでは、現在では失われたものを含む多様なブドウ品種が栽培されていました。その品種構成は現在とは大きく異なっていたと考えられます。
紀元1世紀ローマの詩人ウェルギリウスは、『農耕誌』第2歌において、ギリシア世界や周辺地域のブドウの種類の豊かさについて以下のように述べています。以下『農耕詩』第2歌の要約です。

プシティア種は干し葡萄酒を造るのに役立ち、体に染み入るラゲオス種は、いつか足をふらつかせ、舌をもつれさせるだろう。[......]
小粒のアルギティス種は、果汁をふんだんにもたらすことと、長年貯蔵に耐えることでは、どんな葡萄も太刀打ちできはしないだろう。[......]
だが、どれほど多くの種類があり、どんな名前があるのかを数えることはできないし、すべてを数える必要もない。(ウェルギリウス『牧歌/農耕詩』小川正廣 訳 p113, 114)

ウェルギリウスが挙げた古代の品種の多くは現在では失われており、現代品種との対応も明確ではありません。ただし、リムノス島で栽培される「リムニオ(Limnio)」は、古代文献に記されるリムノス島のブドウとの連続性が最も有力視されている現存品種の一つです。

※ちなみに、「リムニョナ(Limniona)」という品種のギリシャワインもありますが、これはギリシャ中部テッサリア地方のリムニョナ種であり、リムノス島のリムニオ種とは異なります。

参考文献:
ウェルギリウス『牧歌/農耕詩』小川正廣 訳、京都大学学術出版会〈西洋古典叢書 L13〉、2004年。


アンフォラで熟成・貯蔵する

古代では木樽ではなく、アンフォラと呼ばれる大型の陶器にワインを保存・熟成していました。当時の陶器は現在ほど緻密ではなく多孔質だったため、そのままではワインが染み出したり、長期間の保存では蒸発したりする恐れがありました。

各種アンフォラ(アレクサンドリア、グレコ・ローマン博物館蔵。筆者撮影)

そのため、アンフォラの内側には松由来のピッチ(松脂を加工した樹脂)を塗って防水加工を施し、液漏れを防ぐとともに保存性を高めていました。

現代のワインは木樽で熟成させることで木材由来の香りが加わりますが、アンフォラは木樽ほど味や香りへの影響は大きくなく、果実本来の風味を保ちやすい容器だったと考えられています。

参考文献:
Jerković, I. et al. Chemical Profile of the Organic Residue from Ancient Amphora Found in the Adriatic Sea Determined by Direct GC and GC-MS Analysis. Molecules. 2011.
Colombini, M. P. et al. Direct Exposure Electron Ionization Mass Spectrometry and Gas Chromatography/Mass Spectrometry Techniques to Study Organic Coatings on Archaeological Amphorae. Journal of Mass Spectrometry. 2005.

エーゲ海を渡るワイン

古代ギリシアでは、レスボス島やキオス島、タソス島など各地が良質なワインの産地として知られていました。なかでもレスボス島は古代から名高いワインの産地で、ローマ時代の詩人ホラティウスもその品質を称賛しています。

島最大の都市ミティリニ(古代ミュティレネ)は、古代からエーゲ海交易の重要な港として栄えました。レスボス島で造られたワインはアンフォラに詰められ、この港をはじめ島内の港からエーゲ海を渡り、アテナイや小アジア、エジプトなど各地へ運ばれていきました。

レスボス島ミティリニ近郊から望むエーゲ海。対岸に見えるのはアナトリア半島(筆者撮影)
輸送用の船に積載されているアンフォラの再現展示(エジプト アレクサンドリア、グレコ・ローマン博物館蔵。筆者撮影)

ワインの味・製法

古代ギリシアでは、ワインは産地やブドウ品種によって味わいが異なり、多くは現在と同じようにブドウだけから造られていました。

その一方で、地域の伝統や醸造方法によって、特徴的なワインも造られていました。植物学者テオフラストスや、後世のアテナイオス、プリニウスらの記述からは、次のような例が知られています。

干しブドウ酒
収穫したブドウを乾燥させて糖度を高めた甘口ワイン。現代のパッシート(陰干しワイン)やヴィン・サントに近い製法で、濃厚な甘味をもつワインでした。

自然流出果汁のワイン(プロトロポス)
圧搾せず、果実の重みだけで流れ出た果汁から造られる高品質なワイン。現代のワイン造りでいう「フリーラン・ジュース」(いわゆる「一番搾り」)に相当するものです。

未熟ブドウを用いたワイン(オムファキティス)
未熟なブドウを加え、酸味を強調したワイン。

海水を加えたワイン
とくにコス島産が有名で、保存性や風味を目的として海水を加えていました。

ハーブや香辛料を加えたワイン
ハーブや香辛料、はちみつなどを加えて香りや風味を整えたワインも造られていました。また、宴席(シュンポシオン)では飲み手が好みに応じて香料を加えることもあり、保存性だけでなく薬効や健康効果を期待して用いられることもありました。

※これらは古代ギリシアで知られていた代表的な製法や風味づけの例であり、すべてのワインがこのように造られていたわけではありません。

参考文献:
フォティオス・ジョリス『ギリシャワイン』飛鳥出版、2002年。


水で割って飲む

古代ギリシアでは、ワインはそのまま飲むよりも、水で割って飲むことが一般的でした。

シュンポシオンではクラテール(混酒器)でワインと水を混ぜ、それを各自のキュリクスへ注いで飲みます。

酒と水の割合に厳密な決まりがあったわけではありませんが、古典期の詩人や喜劇作家にはさまざまな割り方が紹介されています。

例えばアテナイオス『食卓の賢人たち』には、

  • ワイン1:水2 … 「いちばんうまい」
  • ワイン2:水5 … 「戦いの前の老いた師にも勧められる」
  • ワイン2:水3 … 「飲みたい時はこれだ」

など、場面や目的に応じた割り方が語られています。

ます。

プルタルコス『食卓歓談集』では、「酒の割り方」として次のような例を紹介しています。

  • ワイン2:水3 … 「一番美しき調和を備えた割合で、眠りを誘い、悩みを忘れさせ、安らかさと静けさをもたらす。」
  • ワイン1:水2 … 「心身を掻き立て、ほろ酔いをもたらす。」
  • ワイン1:水4 … 「役人や議論を交わす人々に向く。」

さらにプルタルコスは、

酒を水で割る場合、その割合は一定していない。皆同じに飲むのではなく、それぞれのお客の事情や体質に応じて適量を決める。

とも述べています。

つまり、「必ず○対○で飲んでいた」という決まった作法があったわけではありません。その日の宴会の目的や参加者の体調、年齢などに応じて、宴会の幹事(シュンポシアルコス)が水の量を調整していたようです。

もちろん例外もありました。アテナイオスやプルタルコスには、水で割らずに飲む人の話も登場します。アレクサンドロス大王が原酒を好んだことや、スパルタ人は状況によって強い酒を飲んだことなどが紹介されており、必ずしも全員が薄めていたわけではありません。

ワインそのものの味を楽しむというよりも、酒の強さを調整しながら長時間語り合い、宴そのものを楽しむことが、シュンポシオンでは重視されていたのでしょう。

参考文献:
プルタルコス『食卓歓談集』柳沼重剛 編訳、岩波書店〈岩波文庫 青664-3〉、1987年。
アテナイオス『食卓の賢人たち』柳沼重剛 編訳、岩波書店〈岩波文庫 青675-1〉、1992年。


次のページでは、実際に「古代ワイン」をできる限り再現してみた実践編を紹介します。