成形編で成形したキュリクスに、絵付けをしていきます。
古代ギリシア陶器には、黒像式(Black-figure technique)と赤像式(Red-figure technique)という二つの代表的な絵付け技法があります。
共通部分をまとめて解説し、その後それぞれ異なる部分を紹介します。
化粧土の調合
古代では精製粘土(スリップ)を用い、900度前後の三段階焼成(酸化・還元・酸化)によって独特の黒い光沢が生み出されました。
現代日本では同じ材料や焼成方法を再現することが難しいため、一般の陶芸教室などで使われる共用電気窯を使い、1250度の酸化焼成の条件下で、古代ギリシア的な黒い半艶が出る化粧土の調合を行います。
この「古代ギリシア的」に近づけるのは試行錯誤の連続です。黒ではあるけれど若干メタリックな深いグレーで、かつツヤはあるけれどガラスのようにテカるツヤではなくて、奥からにじみ出るような上品な半艶……。
まずは様々な化粧土の配合でテストピースを作り焼成しました。
黒化粧土のみのバージョンと、黒化粧土に長石5%・10%・15%を配合したもの、ベンガラやコバルトを配合したもの、地元の川の土などを試します。

正直違いがよくわからない……。配合の差が微妙すぎたようです。
もっと違いがわかりやすいような差をつけて、さまざまなサンプルを焼成してみました。
①黒い下絵具、②黒化粧土に長石30%配合、③黒化粧土を水ひして微粒子化したものです。
結果は、
①黒の下絵具: 素焼きをした後に黒い下絵具を塗ったものは、黒が強すぎてマットな均一でした。焼き上がりを見た第一印象は「黒が死んでいる」。ミツロウを染み込ませて布で磨きようやくツヤは出たものの、古代ギリシアのニュアンスのある黒にはなりませんでした。

②黒化粧土+長石30%配合: テストピースでは5%刻みの長石配合で違いがわからなかったので、思い切って30%配合してみました。結果は、テカテカになりすぎて古代ギリシアの奥ゆかしい半艶にはなりませんでした。長石30%配合すると、ほぼ釉薬になってしまうのです。配合率の上限の目安となりました。

③黒化粧土を微粒子化: 水ひをして微粒子化することは、古代ギリシアで行われていた方法ですので、かなりの期待値はありました。黒化粧土を水につけて、その上澄みに浮いている細かい粒子のみを使うことで、表面の凹凸をなくしてツヤを狙うのです。結果は……カスカスの薄いかすれた灰色になってしまいました。ツヤは全くありません。これはこれで趣はあるのですが、古代ギリシアの質感からほど遠い印象です。

度重なる失敗と試行錯誤の結果、結局テストピースの配合を試してみたところ、ようやく納得のいくものができました。

まだまだ改良の余地はありますが、これでよしとしましょう。この配合は以下となります(重量比)。
- 黒化粧土(粉末) 80%: 酸化焼成で黒色になる化粧土。そのままではマットで濃い灰色。
- ベンガラ 5%: 黒化粧土のみがと、描画時に土台となる粘土と色が同系統で視認性が悪いため、少量混ぜて濃い赤にして視認性をよくする(焼成後は黒色)。
- 福島長石 15%: 混ぜることでツヤが出て、黒化粧土の黒色を濃くする。少なすぎるとツヤが不十分で、多すぎる(30%など)とガラス質となりツヤが目立ちすぎる。
この材料を水で溶くと、少量だけしかまぜていないベンガラの赤が際立ってきます。まるでこのキュリクスで飲む赤ワインのような深いワイン色です。
絵画で使う絵具に配合されているような展色材(水彩ならアラビアゴム、油彩なら油など)は使いません。実験的にアラビアゴムを混ぜてみましたが、化粧土が薄くなり艶が出なかったため、やはり水だけのほうがよいようです。
ここでは、上記の配合の化粧土を使って、キュリクスの着彩を行います。
高台の着彩
ろくろの中心にキュリクスを置きます。
手がぶれないように台の上に手を置いて筆を固定し、ろくろを回して化粧土を塗っていきます。
このとき、中央の穴部分と、周辺の地面に付く部分には塗りません。
化粧土を塗ると表面が滑らかになるため、周辺は塗り残しておいたほうが多少のザラつきが残り、滑りにくくなるためです。
また、今回の化粧土には釉薬の材料である長石を配合しているため、地面に付く部分に塗ると、溶けた長石が焼成時に窯の棚板に貼りついて取れなくなってしまうことが理由です。
外側と把手の着彩
続いて、ろくろを回転させながら脚部と碗部外側を塗っていきます。

ただし、ろくろを回転させて一気に塗れるのは把手の部分までです。
ここからは、把手とそ例外の部分を塗り分けます。
古代ギリシアのキュリクスは、把手の内側は塗らずに残してあります。おそらく、高台と同様の理由で、指をひっかけて持つ際にすべりづらくするため、多少のざらつきを残してあるのでしょう。また、真っ黒よりも、粘土の赤味が覗くことで、アクセントとなるデザイン的なねらいもあったものと思います。
ここまで塗ったら、伏せてあるキュリクスの向きを変えて立てた状態にします。伏せた状態では塗りにくい把手上部を塗ります。把手の付け根部分は、筆が入りづらく塗りにくい箇所です。
これで外側が完成です。

内側の絵付け
碗部の中心に、見込み画(トンド)を描いていきます。古代ギリシアのキュリクスの最大の見どころです。
高台の着彩時と同様、台に手を乗せて固定し、ろくろを回して円を描きます。
まずは細筆で細い線を描きます。次に、平筆で円の外側を塗るのですが、細線の外側を2mmほど残すようにして、円の枠が同心円になるようにします。
円の大きさは作品によりまちまちなのですが、個人的にはワインを飲み干す間際まで絵柄がわからないほうが好きなので、小さめの円にします。
ここからは、黒像式と赤像式それぞれを解説します。
黒像式
黒像式は、人物などを黒く塗りつぶし、ディテールをニードルで彫って表現するスタイルです。
紀元前6世紀頃が主体となります。
ここでは、紀元前515年に作られたキュリクスに描かれたミノタウルスの図像を描きます。
まずは、縦横の中心線を鉛筆で引き、図柄を鉛筆で下書きします。鉛筆の線は焼成時には消失します。
古代ギリシアでは、把手に対して少し傾けて図像を描いているキュリクスが多くあります。これは酒宴の際に片手でキュリクスを持つときに、若干傾いて持つことを考慮し、その状態で図柄が真っすぐに見えるようにという配慮なのでしょうか。
下書きに沿って、細筆で輪郭を描きます。黒像式の絵を見ると、輪郭がぼやけ気味のものが多くみられるため、ここでも水分を多くした化粧土でサラっと描いています。
輪郭内部を濃い化粧土で塗りつぶします。水分が多いままだと、ツヤが出ないためです。
ディテールを描きます。粘土とベンガラを混ぜた化粧土を作り、ミノタウルスが持っている赤い果実を描きます。そのあと、ギリシア文字を細筆で筆写します。
着彩が完了しました。

少し乾燥させた後、ニードルツールで細線を彫っていきます。カリカリと小気味よく削れます。
果実と同じ化粧土で、首筋の赤い線を描きます。
これで黒像式図像が完成しました。

赤像式
次に、赤像式の描画です。ここでは、古代ギリシアの酒宴(シュンポシオン)で行われたワインのしずく投げゲーム「コッタボス」の図像を描きます。
黒像式と同様、円の内部に縦横の線を引き、図像を鉛筆で下書きします。
黒像式では人物の「内部」を化粧土で塗りつぶしましたが、赤像式では人物の「周囲」を化粧土で塗っていきます。
周囲を塗ってから、ディテールを細筆で描いていきます。
教科書的には、「ニードルで彫っていた黒像式から筆で描く赤像式になり、表現力が飛躍的に向上した」とされているのですが、実際にやってみると、ニードルで細線を彫るほうが個人的にははるかにディテールが描きやすいと感じました。筆使いにさらなる研鑽が必要なのでしょうか。
化粧土が濃くて盛り上がりすぎた部分や、はみ出してしまった部分は、水で濡らしたティッシュの先端や綿棒などでぬぐって修正できます。
また、口縁部分はろくろで回転させながら紙やすりで削り、化粧土をはがします。こうすることで、焼成後には赤茶色に残り、中央部分の円とシンクロして同心円となり、絵画の額縁のような役割となるのです。
人物の頭部に花冠を黒像式でも使用した赤化粧土で描き、最後にギリシア文字「KALOS(美しい)」と書きます。
これで赤像式図像が完成しました。

乾燥
完成しても、すぐに焼成することはできません。粘土に水分が残ったまま焼成すると、水分が急激に膨張して器が割れたり、破損したりする原因になります。
そのため、約1~2週間かけてゆっくり乾燥させます。直射日光やドライヤーでの乾燥は、乾燥ムラによる変形、ひび割れの原因となるため、室内でゆっくりと自然乾燥させています。

乾燥状態は、毎日計量して、水分の蒸発具合を確認します。重量がほとんど変わらなくなったら焼成の準備ができたサインです。
焼成
乾燥を終えた器は、電気窯で焼成します。
が、その前に、かなりざっくりでよいので、キュリクスの下に敷く「座布団」を道具土という粗い粘土で作っておきます。
キュリクス高台には、長石を配合した化粧土を塗ってあるため、このまま窯に入れるとその部分の長石が溶けて棚板に貼りついてしまうリスクがあるからです。ちょうど着彩部にあたる箇所をへこませたものを作っておきます。もちろん、焼成直前ではなく、少なくとも1週間は乾燥させておきましょう。
いよいよ窯入れです。
まずは、約700~800℃で7~8時間かけて素焼きを行います。素焼きによって器は十分な強度を持ち、その後の取り扱いや本焼きに耐えられる状態になります。
続いて、約1250℃まで10~16時間かけて本焼きを行います。焼成後は急激な温度変化による破損を防ぐため、窯内でゆっくりと冷却し、焼成開始から窯出しまでは数日を要します。

窯に預けた後はもう熱に任せるしかありません。古代ギリシアの手仕事を司る女神アテナ・エルガネーの加護を祈るのみです。
完成
窯出しの日は、毎回楽しみと緊張が入り混じります。
焼き上がった器は、思い描いたとおりになることもあれば、予想もしなかった表情を見せることもあります。その結果を受け入れ、器の個性として慈しむことも陶芸の楽しみの一つです。
2500年前の古代ギリシアの陶工たちも、同じ期待と緊張の中で焼き上がりを見つめていたのかもしれません。

窯出しをしたキュリクスです。色はいい感じに出ていますが、粘土の耐火度が低く焼成時に少しゆがみが出てしまったようです。
この状態では、表面がざらついていますので、軽く水を付けて細目の耐水ペーパーで表面を研磨します。
さらに、耐水性を高めるためと黒をより深くするために、熱して液体状にしたミツロウを塗りこんでいきます。
制作を通して感じたこと
一見すると古代ギリシア陶器は素朴な器に見えますが、実際に制作してみると、その完成度の高さに驚かされます。
わずかな線の太さや彫りの深さ、光沢の違いが作品全体の印象を大きく左右します。
古代の名工たちが残した作品は、美しい図像だけではなく、長年培われた技術と経験の結晶であることを、制作を重ねるたびに実感しています。






























