キュリクスの作り方(成形編)

古代ギリシアの酒杯「キュリクス」は、浅く大きく開いた碗に細い脚と左右の把手を備えた、古代ギリシア陶器を代表する器です。

一見すると単純な形に見えますが、薄く広がる口縁や安定した脚部、美しいシルエットを作るには高い成形技術が求められます。

このページでは、羊皮紙陶房で実際に行っているキュリクスの作り方(成形工程)を写真とともにご紹介します。

なお、ここで紹介する方法は古代ギリシアの製法をそのまま再現したものではなく、現代の陶芸技法を用いてキュリクスの形状を再現するための制作方法です。

粘土の選定

古代ギリシアのキュリクス制作にあたり、最も重要な要素のひとつが粘土の選定です。

古代ギリシアでは、滑らかで、温かみのある赤茶色に発色する粘土を使っていました。

ただし、当時の焼成環境と現代の環境は異なります。1250度の酸化焼成という、現代の一般的な電気窯でこの色が出る粘土を使用しないといけません。

様々な粘土を試しました。

  • 信楽赤土粗目:粒が目立ち、焼成後かなりのザラつきあり。表情豊かで良さはあるが、古代ギリシア陶器の滑らかさにはふさわしくない。
  • 信楽赤土細目:ほどよい滑らかさ。800度の素焼きでは理想的な赤茶色だが、1250度の本焼き後は鉄分の赤味が飛び、白っぽくなる。赤茶色が美しい古代ギリシア陶器には向かない。
  • 朱泥土:赤が濃すぎて黒とのコントラストが弱い。古代ギリシア陶器はもっと優しい赤茶色。また、滑らかすぎて化粧土の濃淡ムラが出やすい。
信楽赤土粗目。粒が目立ちざらつきあり
信楽赤土細目。滑らかだが白すぎる
朱泥土。赤が濃すぎて黒とのコントラストが弱い

最も古代ギリシア陶器の赤茶色に近い結果になったのは、「黄ノ瀬土」という粘土でした。元は信楽の粘土のようですが、近年は合成でも作られているようです。黄ノ瀬土として市販されているものには、「白土」と「赤土」があり、その赤土を使用します。

黄ノ瀬土。1250度酸化焼成での発色が理想的

ただし、耐火温度が1200~1230度とのことで、1250度焼成では粘土が溶けてヘタることもあります。特に、薄くて荷重がかかる箇所などは変形する場合があるため要注意です。

古代ギリシアのキュリクスは薄造りなのですが、理想的な発色と、ヘタりのリスクのバランスを取り、適宜厚みを調整することが必要となります。

土練りと土殺し

粘土を袋から出した後、十分に土練りを行い、ろくろの中心へ据えます。

ここでは電動ろくろではなく、古代的な微妙なゆらぎを表現できる手ろくろを使用します。

碗部を挽く

まず器本体となる碗を成形します。

まずは縦長の筒を作り、次第に上部を外側に倒して口を広げます。ある程度広がったら、ヘラで均して表面を整えます。

古代ギリシアのキュリクスの厚みは底部近くは4mmほどで、口縁付近は3mm近くという薄手になっています。底部付近は削り段階で薄くしますが、口縁はこの時点で厚さが決まるため、丁寧に整えます。

続いて脚部を別に挽きます。古代ギリシアでは、上下逆さに引き上げたという説もありますが、正確な図像や記録は残っていません。私は様々な方法を試してみましたが、結局上下はそのままで、形を削りだす方がやりやすかったので、そのようにしています。

この時点で脚部をあまり高く立ち上げると、本体と結合した後の削り出し工程の後脚部が高くなりすぎるため、なるべく低く抑えます。

無垢だと乾燥に時間がかかりひび割れなどの原因となるため、古代ギリシアのキュリクスと同様中央に穴をあけます。

削り

一日乾燥させた後、碗を裏返し、外側の曲面を削り出します。削りは電動ろくろのほうが早いため電動ろくろを使用します。

ろくろを回転させながら、余分な粘土を削っていきます。このとき、脚部を中心に取り付けるための「ダボ」を作っておきます。

ダボ周辺を削る際に、削りすぎて薄くなり、ヘタってしまうことがあるため、注意します。逆に、下から3分の2あたりの「腰」部分は厚く残ることが多いため、意識して削ります。
都度持ち上げて厚さを確認しながら削ります。

把手を作る

碗部ができたら、把手を作ります。碗部の乾燥が進んでしまうと、把手を接着した後、乾燥中にひび割れが生じるためこの段階で作業をします。

把手左右の形や大きさやカーブを揃えること、そして碗部から自然に生えているようにする成形が難しく、キュリクス制作の中でも神経を使う工程の一つです。

把手は、単なる一本のヒモを作ればよいわけではなく、中央部分が細く、両端が太くなっている形を作ります。ヒモができたら細い部分を中心に曲げて、上向きのカーブが出るように木のローラーの上に置いて型崩れしない程度に乾燥させます。

触っても形が崩れない程度になったら、本体へ取り付けます。

本体の接合角度に合わせて先端をステンレス板でサクっと切り落とします。そのあと、あらかじめ同心円を描いておいた紙に碗部を乗せ、左右の張り出し具合が同じになるように身長に把手を配置します。

配置した場所をニードルツールでマーキングし、一旦把手を取り外します。接着しやすいようにニードルで傷をつけて、粘土を水で溶いた「ドベ」を接着剤として塗布し、接着します。

接着後は、接続部に細い粘土のヒモを付けて、細い棒や指で均します。
古代ギリシアのキュリクスを間近で見ると、付け根部分に陶工が指で撫でた指紋跡が残っているものもあります。

なるべくキュリクスから自然に「生えている」ようなカーブにするのに神経を使うのです。

把手の付け根は乾燥による収縮でヒビが入ることがあります。その場合は、部分的に水を付けて、ガラス棒や筆の柄などで粘土を圧縮しながらヒビを消します。

これで腕部と把手の接合が完了しました。

脚部の接合

碗部のダボ周辺と脚部の接合部全面にドベを塗り、脚部を接着します。

この時に、脚部が真っすぐ付いていないと全体が傾いてしまいます。傾くと、碗内部の見込み画の円がうまく描けなかったり、ワインを注いだときに液面が傾いてしまうのです。

そのため、水平器を置いて水平になっていることを確認します。

組上がったら少し乾燥させます。その後ろくろに置いて、脚部の接合部分を削って均し、高台がラッパのような形になるよう削っていきます。

成形完成

これでキュリクスの形ができました。
このまま乾燥してしまうと、この後施す化粧土がうまく乗らずに剥がれてしまいます。
そのため、化粧土による絵付けまでビニールをかぶせて水分の蒸発を抑え、「レザーハード」と呼ばれるなめし革程度の硬さを保ち、絵付け工程に移ります。

続きは「キュリクスの作り方(絵付け・焼成編)」で紹介します。