古代ギリシア陶器の観察

コレクションで紹介した古代ギリシア陶器は、鑑賞するだけでなく、実際に古代ギリシア陶器を現代において制作するための重要な資料でもあります。

このページでは、実際の古代陶器を「身体検査」するように、厚みや重量を測定し、指で弾いたときの音を聞き、顕微鏡で表面を調べながら、その制作技法や使われ方を探っていきます。

約2500年前に作られた器には、陶工の指の跡や成形・焼成の痕跡、長い年月を経て生じた変化など、多くの情報が残されています。こうした小さな手がかりを積み重ねることで、古代ギリシア陶器の理解を深めることができるでしょう。


厚みを測る

古代ギリシア陶器を自分で作ろうとする際に最も気になるのが、実物の「厚み」です。

やはり古代という時代で想像するような分厚さなのでしょうか。それとももっと繊細なものなのでしょうか。

羊皮紙陶房が所蔵する紀元前6世紀の黒像式キュリクス(アイカップ)を厚みゲージで計測してみました。ちょうど欠損部分があるため、通常は計測が難しい下方部分まで計測できました。

キュリクスの中央付近は約3.7mm、口縁部分は約2.6mm厚です。

これは厚いのか薄いのか。比較対象として現代日本の普通の茶碗を計測してみた結果、厚さ4.1mmでした。つまり、古代ギリシアのキュリクスは現代日本の茶碗よりも少し薄手ということですね。

はたしてこれは、このキュリクスだけなのでしょうか、一般的な厚さなのでしょうか。他のキュリクスも計測してみましょう。これらは破損個所がないため、厚みゲージで測れる口縁部分のみの計測です。

紀元前5世紀アテナイのキュリクス
紀元前4世紀カンパニアのキュリクス

紀元前5世紀アテナイのキュリクスは少し厚手で4.1mmでした。厚手のためか、どこか温かみのある雰囲気を感じます。とはいえ、現代日本の茶碗と同程度です。

紀元前4世紀南イタリア・カンパニアのキュリクスは、冒頭のキュリクスと同じく約3mmの薄さでした。

キュリクスの重量

やはり薄いつくりだと、持ったときにも軽やかに感じます。

では実際の重さはどの程度なのでしょうか。それぞれ計りで重量を確認してみましょう。

  • 紀元前6世紀アテナイのキュリクスは、直径12.3cm(把手含まず)、高さ4.5cmで、重量は106.5g
  • 紀元前5世紀アテナイのキュリクスは、直径10.2cm(把手含まず)、高さ4.1cmで、重量は117g
  • 紀元前4世紀カンパニアのキュリクスは、直径15.5m(把手含まず)、高さ6cmで、重量は220g

という結果でした。

紀元前6世紀アテナイのキュリクスは部分的に欠損があるため、実際は120gほどでしょうか。カンパニアのキュリクスは、口縁部分は薄手でしたが、底部に厚みがあるのと、サイズの大きいため他のキュリクスの二倍の重量となりました。

ではこれは軽いのでしょうか、重いのでしょうか。比較のため、身近な食器を計測してみましょう。

木のお椀は103.3g、磁器製の小皿は201.6gでした。

さきほど計測したキュリクスは、おおよそこの2種類の食器の間、と考えていただければわかりやすいでしょう。

もちろん、古代ギリシアではより大きなキュリクスも使われたため、あくまでも羊皮紙陶房が所蔵する3つのキュリクスのデータとなります。

オイノコエとクラテールの厚さ(キュリクスとの比較)

ちなみに、キュリクス以外の古代ギリシア陶器を、比較として計測してみます。

二つとも破片ですが、ひとつは、ワインを注ぐための器「オイノコエ」と思われるもの、もう一つは、ワインと水を混ぜるための比較的大きな「クラテール」といわれるものです。

オイノコエは厚さ約4.3mm。厚手のキュリクスと同等です。一方、クラテールの厚さは約5.7mmでした。

オイノコエは、給仕たちがワインを注ぐために持ち歩くので、大きさのわりには薄くして持ち運びやすくしたと考えられます。
一方、テーブルに置いてワインと水を混ぜるために使われるクラテールは、運搬性よりも、大量の液体を入れて混ぜるという動作に耐えられる強さが必要です。そのためキュリクスやオイノコエよりも厚手に作られているのでしょう。


音を聴く

さて、古代ギリシアの器は、どのような音が鳴るのでしょうか。軽く指で弾いてその響きを聴いてみましょう。

紀元前6世紀のアテナイ製アイカップは乾いた「カッ、カッ」という音。一方、カンパニア製のキュリクスは金属のように「カーン」とよく響きます。

焼成方法や胎土の違い、そして長い埋蔵環境などが影響しているのでしょう。

以下実際にそれぞれの古代陶器を指で弾いて音を出してみました。動画を御覧ください(約3分。音が出ます)。


顕微鏡で見る古代陶器

肉眼では滑らかに見える陶器も、顕微鏡で観察すると、古代の絵師が使った技法が見えてきます。

精製された液体粘土(スリップ)を使用して絵付けをする際に、2種類以上の濃度のスリップを使っていたことがわかります。

以下、クラテール(混酒器)の破片の渦巻き文様部分の線と、その上にある水平線を顕微鏡で見てみましょう。

まずは40倍に拡大した図です。最初の画像が渦巻き文様、次が水平線です。

約150倍に拡大した図です。渦巻文様は境界線があいまいなほど滲んでいますが、水平線は黒がくっきりと出ています。

太い線を描く場合や周りを塗りつぶす場合は薄めに水で溶いたスリップを使って伸びをよくし、細くはっきりとした線を描く際には濃いめのスリップを使ったことがわかります。

濃いスリップは、人の顔など細かくはっきりとしたディテールを描く際に多用されました。以下2つの例を御覧ください。

まずは、紀元前5世紀頃アテナイで作られたスクワット・レキュトス(葬送用の香油壺)です。

少女の顔、特に目の部分を拡大してみましょう。約40倍と約150倍です。

顔の輪郭は薄いスリップでササっと描いてあるのに対し、目はスリップを盛り上がるほど濃くして使っていることがわかります。

これほど濃くして使っているのは、特定の絵師のみなのでしょうか。
次にまったく別の陶器も顕微鏡で見てみましょう。紀元前5世紀アテナイで作られた、小型ヒュドリア(葬送用の水がめ)です。

こちらも顔の部分を拡大してみると、目の部分が盛り上がっていることがわかります。

このような技法は特定の絵師だけではなく、特に紀元前5世紀のアテナイで作られた赤像式陶器の絵付けで頻繁に用いられていました。盛り上がっているディテール線は、古代ギリシア陶器研究では「レリーフ・ライン」(Relief lines)と呼ばれています。


陶工の手仕事の跡

器には、制作した陶工の仕事がそのまま残されています。

キュリクスの把手の付け根には、粘土を指で撫でつけて整えた跡が残っています。

アイ・カップの目文様には、円を描くために使われたコンパスの針跡も確認できます。

こうした痕跡から、2500年前の工房で器が作られる様子を想像することができますね。


古代ギリシア陶器の吸水性は?

古代ギリシア陶器の表面には、現代陶器のような釉薬は塗られていません。

黒色に光る表面は、鉄分の多い粘土を精製して細かくしたものを水で溶いた「スリップ」といわれるものです。このスリップが、焼成されると焼結し、緻密な被膜を作ります。

果たしてこの黒色スリップは、ワインなどの液体物を入れても吸い込まないのでしょうか。

上記で厚みを測ったワインを注ぐ器「オイノコエ」の断片にスポイトで水滴を落としてみました。

水は表面にとどまり、吸い込まれる様子は肉眼では確認できません。

美しいだけでなく、実用品としても優れた仕上げであったことがうかがえます。